講演「三島由紀夫と21世紀の日本」西村幸祐

講演「三島由紀夫と21世紀の日本」
平成29年3月21日
主催:三島由紀夫研究会

2年前の講演「戦後七十年と三島死後四十五年~〈現存在〉としての三島由紀夫」の続編として捉えてもらいたい。

それは、「状況としての三島由紀夫」である。

三島由紀夫の存在は、いまだに多くの人にとって、謎であり、難問(アポリア)である。それは、現代人の困難さそのもので、文学、思想が枯渇した21世紀の日本にとって、絶えず同時代者としての告発を僕たちに投げかけている。
三島由紀夫の47年前の自決を、ただ単に文学的か、思想的か、政治的かという問題で議論するのはナンセンスだ。なぜなら、彼の営為は状況論として存在し、今も〈現存在〉として、現在の僕たちの〈状況〉になっているからだ。
その証拠に、今年になって1月12日にTBSが発表した、新発見の47年前のインタビューの録音テープも、全く、新しい。
5月公開の映画「美しい星」の試写も見たので、『美しい星』や他の文学作品にも触れながら、アクチュアルな憲法問題も含めた〈状況としての三島由紀夫〉を明らかにしていきたい。

二年前の五月に私は三島由紀夫研究会のお招きに応じて「ダーザイン〈現存在〉としての三島由紀夫」という講演を行った。ハイデッガーが『存在と時間』で定義した〈現存在〉、つまり、〈今そこにある〉という意味で、三島由紀夫は死後四十五年でも〈現存在〉として今の私たちと同時代者なのである。
それは、四十五年前に三島が〈全存在〉を賭けて訴えた憲法改正がいまだに成されていないという事実で明らかだ。
また、憲法改正という政治的表層、形而下的なテーマだけでなく、四十五年前に三島が日本人に叩きつけた文化的、歴史的、形而上的なアポリアに、何一つ私たちが答えていないという状況を三島は〈現存在〉として告発し続けているのである。

●と同時に、現代史の〈メディアとしての三島由紀夫〉というテーマが泛び上がる。保守合同と日本社会党の誕生によって成立した〈55年体制〉は〈戦後体制〉そのものであったということ。

参考
●41歳で終戦の日を振り返るインタビュー(昭和41年・1966)
当時、アカデミズムの若い学者たちは「これから知的再建の時代が来るんだ。新しい時代が始まるんだ」と、誇張して言えば欣喜雀躍という様子でありました。今での自分の人生を振り返ると、20歳までの20年は軍部の、恐らく一部の極端な勢力があそこまで破滅的な敗北に日本を持って行ってしまった。
それ以降の20年は、一見太平無事な時代が続いているようですが、結局、それは日本の工業化のお蔭であって、精神的には何ら知的再建に値するものはなかったではないか。
ちょうど40年、41歳の私は、ちょうど20歳の時に迎えた終戦を目途として、そこから自分の人生がどういう展開をしたか考える一つの目途になっています。
これからも何度も何度も、あの8月15日の夏の木々を照らしていた激しい日光、その時点を境に一つも変わらなかった日光は、私の心の中でずっと続いて行くだろうと思います。

●昭和27年の空気
2年前の講演でも言及した、かつて早稲田大学の「楯の会」のメンバーが作っていた「尚史会」という勉強会というか、秘密結社のようなものがあり、その尚史会が昭和四十五年に出した機関誌「青雲」に三島由紀夫が「孤立のすすめ」という一文を寄せています。面白いので紹介します。三島はこのエッセイに「人間は理解しあえるという嘘について」というサブタイトルをつけています。文中、《自民党、共産党はかしこいということ》という章があり、こう述べている。
《そのためには自民党はどうかというと、私は昭和二十七年当時のことを小説に書いているわけだが(これは当時執筆中であった『暁の寺』と思われる。)、当時の新聞を読んでみると来年あたりは憲法改正だ、徴兵制度が復活するとか、そういうことが社説とか投書欄に堂々と出ている》
これは非常に大きな発見だと、何度言っても言い過ぎることはない。なぜなら、三島は、日本が主権回復をした昭和二十七年には日本再独立、主権回復というテーマに関して何も書いていないからです。その意味でこの「尚史会」の機関誌に書いた三島の文章は貴重なものだと思います。
今からみると昭和二十七年当時は、このように日本が主権を回復して憲法改正への気運が高まっていたことが分かります。又当時の日本共産党は火炎ビン闘争に象徴される暴力革命路線をとっていました。しかしながらその後の自民党はここまで呆けてきているのです。

●そして〈55年体制〉へ
『金閣寺』で戦後を焼いたが、焼き切れなかった《私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った》

その後、『鏡子の家』で空虚を描き
『憂国』で空虚を克服する能動的ニヒリズムを発動させた
『宴の後』
昭和35年で〈60年体制〉の完成

『美しい星』
『午後の曳行』と模索が続く

必然的に戦後体制を確固たるものにする〈60年体制〉を用意していた。


戦後70年と三島死後45年―ダーザイン〈現存在〉としての三島由紀夫/西村幸祐


戦後70年と三島死後45年
―――ダーザイン〈現存在〉としての三島由紀夫
5/29(金)18時半~(18時開場)
場所/アルカディア市ヶ谷・私学会館 www.arcadia-jp.org/access.htm
主催/三島由紀夫研究会
三島由紀夫は45年前に自決したが、彼の文学、そして行動は半世紀に及ばんとす
る戦後日本の総体に常に鋭い刃を突きつける。
文学者としての死か? 行動者としての死か?
そんな二元論的な問いかけをすべて無にするのが、今を生き続ける三島由紀夫の
存在である。
ハイデッガーが『存在と時間』で〈現存在〉と名づけた「おのれの存在において
存在へと関わりゆくこと」のできる特別な存在者として三島由紀夫を位置づけれ
ば、三島が時間や空間を越えて私たちの意味を問い続ける理由も理解できる。
そんな彼の45年の生涯が、戦後70年をくっきりと泛び上がらせるのである。
参考リンク
我が友西村幸祐の講演を聴く:三島由紀夫研究会公開講座
abekobosplace.blogspot.jp/2015/05/blog-post_44.html
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【西村幸祐氏 本来の東アジア地図】南モンゴル自由民主運動基金 テムチルト、ルービン両氏来日記念⑤


『南モンゴルの現状と未来 これからのアジアの民主化運動』
テムチルト氏(内モンゴル人民党主席)、
ルービン氏(モンゴル自由連盟党元党首)両氏来日記念講演
主催:南モンゴル自由民主運動基金(代表;オルホノド・ダイチン)
日時:平成27年(2015)1月17日(土) 午後1時半~
開会挨拶:ダイチン・オルホノド氏
来賓挨拶:イリハム・マハムティ氏、鈴木信行氏、西村幸祐氏、殿岡昭郎氏
挨拶:ペマ・ギャルポ氏、三浦小太郎氏


荒木和博 特定失踪者問題調査会代表/すべての拉致被害者を救うぞ!国民大集会


平成25年4月27日 日比谷公会堂
救う会:北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会
www.sukuukai.jp/
●西村幸祐放送局 broadcast.kohyu-nishimura.com
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●西村幸祐 公式ブログ kohyu-nishimura.com/blog
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